百姓日記

百姓をやるために田舎で生活しています。

なすの生育、ようやく梅雨入り

2月に播種したナスたちの収穫をしている。4本仕立てにしているので花がたくさん咲いている。毎日追肥もしているので一つの花に2つ、多いときは4つ咲いているときもある。これから収量はさらに増えていくことになる。

育苗のときに電熱や温床を使わず「ひょろ苗」になり、3月末のときに虫食いが発生したせいで苗が弱く育ってしまった。定植するときの根張りはよかったものの強い苗にならなかったせいでカメムシ、アブラムシ、ダニと虫への対処に追われている。潅水と農薬でコントロールできているとはいえ良い苗ができていれば、ここまで虫への対応に追われずにすんだ。半身萎凋病も数本発生したのも痛い。普通は6月ではなく7月の梅雨開けから8月くらいにでてくるのがもうでている原因は育苗の失敗にあることは間違いない。葉面散布、えひめAIを潅注、窒素を少し多めにして対策を講じているものの、被害がどこまで広がるかわからない。農業は基本的にプラスになることはなくマイナスのことが起こることを想定してやっているのでなんとかなるが自分の未熟さを痛感している。

植物も動物と同じく子孫を残すために生きている。人間が育てるのに失敗したとしても自分で調節して大きくなるのがすごい。花は咲いても樹がもたないとなると花を落とし次の花が咲くまで自分で幹を強くして次の花に栄養を行き渡す。こちらがやるのはあくまで補助でしかない。

大分県はようやく梅雨入りしそうだ。6月に入ってもまったく雨がふらなかった。こんなことは生まれて初めてのことだ。恵みの雨となりそう。気候変動による異常気象が常態化しているので盛夏の気候もどうなるかわからない。百姓としては自然が起こすことはすべて受け入れてやるべきことをやるだけしかできない。良いことも悪いことも自然のちからに立ち向かうのは無理だ。受け入れてマイナスを増やさないようやるだけですかね。

Rain drops

高齢者のフィリピン移住

若者、中高年にとっても生きづらい日本社会。高齢者も同じように老後に対する不安や寂しさを抱えている。若い人の間では海外移住することは当たり前になってきている。日本の衰退は止まらず経済的没落が続いている状況では、今後も増えていくことになるのは間違いない。

高齢者は、低年金による生活苦、コミュニティからの疎外、病気への不安、家族・親族間のトラブルによる不安や不満を抱えていながらも多くは我慢して現状を変えようとはしない。しかしごく一部の高齢者のなかには、老後を幸せに過ごすために海外移住を決断するケースがある。

「脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち」ではフィリピンにフィリピンに移住した高齢者たちの生き様を詳細に書かれている。

脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち (小学館文庫)

脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち (小学館文庫)

 

セブ島で孤独死をした元女性英語教師、借金を抱えスラムで18歳のフィリピーナと子どもと生活する吉岡さん、歌舞伎町のフィリピンパブで知り合い警察を定年後フィリピンに移住してゴルフ三昧の生活をする男性…と様々な背景を抱えながらも異国で生きる日本人高齢者が紹介されている。

紹介されている日本人高齢者、とくに高齢の男たちに多いのは寂しさだ。妻もおらず彼女もいない高齢の男たちは「若くて美人なフィリピン人女性」に惹かれる。彼女たちは明るく陽気で年の差なんか気にしない。フィリピン社会も60歳のおじいちゃんと20歳の若い女の子が街を歩いていても気にしないおおらかさがある。

日本人高齢の男たちは若いフィリピン女性が自分の容姿や性格ではなく経済力に惹かれて一緒にいることはわかっていても、付き合うことをやめない。日本だと60歳の男と20歳の女が一緒になるなんて世間の目を気にしてできないがフィリピンだとできる。男たちが寂しさを埋め老後の幸せを求める姿を笑うことはできない。

日本のゲームセンターには高齢者たちが溢れている。高齢者たちが気軽にいれる居場所がないからだ。地方だとパチンコに行くのは高齢者がマジョリティになっている。家族や頼れる友人もおらず単身で暮らす高齢の男たちが行く場所は日本にはない。趣味のサークルに行ったり行政やNPOに支援を求めるのは限られている。現状を受け入れ「誰にも迷惑をかけない」ようにひっそりと寂しさを抱えながら生活して孤独死を選ぶ。

借金からフィリピンに逃げスラムで子どもと18歳のフィリピン女性と生活する吉岡さんはこう言っている。

「日本のほうが生活面では快適だけど、規則で縛られる社会は窮屈だし、幸せではなかったね。今のほうがずっと幸せです。幸せは金じゃない。フィリピンはわずかなお金でも大勢の家族で一緒に暮らしている。そういう家族のつながりがこの国のいいところ。でも日本では結婚すれば親元を離れるじゃないですか?それで年に1回ぐらいしか会わない。だから人のつながりが薄いんですよ」

 これだけ読むなら、フィリピンに行って孤独にならず幸せに生きたいと思う高齢者がいてるのは自然なことだ。僕も窮屈な日本を離れて温暖で人とのつながりが強いフィリピンに行きたくなる。

ただ、吉岡さんの妻の体調が悪くなり、入院したときに「孤独死…」を書いた筆者に金の催促をしている。彼は裁縫工場で働き日当540円しかもらっておらず、フィリピン人妻の親族も金がない。

「不安定やね。生活が不安定。日本と比べたらよね、日本は仕事が安定して収入が安定して。だけどここはねえ、何ちゅうかねえ…。フィリピンでの暮らしはみんな綱渡り。例えば高学歴でいい会社に勤めたり、病院に勤めたり大きな会社に勤めたりしたらよね、それなりの安定した暮らしが送れる。でも普通の人は雑貨屋さんなどの小さな店でしか働くしか選択肢がない。そうなれば細いロープの上を一歩一歩、震えながら歩いている。そういう状態やね」

その状態は幸せなのだろうか。

「幸せなはずはないよね」

そう言い切って、私の方をパット見た。

「やっぱり安定した生活やね。結局は人に雇われるんじゃなく、自分で仕事をするっていうのが一番いいんじゃないの」

「自分で仕事を生み出すことができるんですか?」

「いや工夫をすれば」

「一年以内に家族の誰かが病気になったらどうするんですか?」

「パタイ(タガログ語で死んでいる)やね。自分が病気になって死ぬ寸前だったとしても、病院には連れて行くなと言います。放っておいれくれと。まあ私は病気になったらそれで終わりよ。私の人生なんかどうでもいい。子供とロサのためやったら何とか頑張るけど」

「何とか頑張ると言いましたが、僕がやっぱりお金を貸せませんとお伝えしたらどうしますか?」

「仕方がない。もしお金を貸してくれないんだったら水谷さんともこれっきりで付き合い止めますけどね。もうインタビューも何もなし」…

お金がなくてもコミュニティに囲まれていれば幸せだというのは嘘ではないが、お金がないと防げる不幸が防げず人間関係までこわしてしまう。

フィリピンに移住している高齢者たちの現実はバラ色ではない。現地に適応してトラブルにあいながらもハッピーに暮らしている人もいれば、お金がなく現地の日本人に金を無心する人もいる。金を騙し取られ自殺することもあれば一人ひっそりと孤独死することもある。「孤独死…」に登場する高齢者たちの現実は、著者の言葉を借りると

「事実はそんなに都合良くいかない」といえる。

徹底してリアリスティックに書かれた高齢者たちの異国の老後海外移住生活からは、読後悲壮感より勇気をもらえる。うまくいくかどうかは別として、年齢や立場に関係なく自ら決断して動くことで人生は変わることを教えてくれる。

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